様々な顔を持つ、多彩な魅力を秘めた「狭山市」

狭山市役所
●狭山市役所

新宿から北西に30km圏にある狭山市は、西武新宿線で東京都心とダイレクトに結ばれた利便性の良さから、昭和40年代より東京の近郊都市のひとつとして発展した。

現在の狭山市は住宅都市としての側面とともに、本田技研の企業城下町として埼玉県内最大の製造品出荷額を誇る工業都市としての顔を持つ。

狭山市は、奈良・平安時代の集落跡が発見されている「今宿遺跡」など太古からの足跡が数多く残されている、歴史ある街だ。江戸時代からは狭山茶の産地として繁栄、農業を中心とした歴史を歩んできた。また現在の狭山を代表する一大イベント「入間川七夕まつり」の原型もこのころから史料に登場している。

狭山市駅周辺
●狭山市駅周辺

1894年には現在の狭山市駅が開業し、明治期以降は徐々に東京の影響を受けるようになった。戦前の1940年には現在も狭山市の代表するスポットでもある、首都圏でもナンバーワンと称される名門ゴルフ倶楽部「東京ゴルフ倶楽部」が世田谷駒沢から移転するなど、東京の近郊としての面が色濃くなっていった。

東京近郊の住宅都市として成長を始めるのは、第二次大戦後からである。1954年7月には入間川町など1町5か村が合併、ここに狭山市が成立する。当時の人口は31,030人と小規模な自治体であったが、昭和30年ごろから急速に宅地開発が進み1985年には15万人を突破、わずか30年弱で人口は5倍近くに膨れ上がった。

そして現在では、豊かに残る自然に抱かれた良好な住環境が魅力的な住宅地として、成長を遂げている。

狭山茶畑
●狭山茶畑

現在の狭山市の繁栄を支えているのは住宅都市という側面とともに、数多く残された農地から生み出される豊かな農産物と、工場が数多く集まる農業・工業都市としての側面だ。

狭山を代表する名産品といえば「狭山茶」が真っ先に挙げられるだろう。江戸時代から生産が開始され、現在では静岡・宇治に次ぐ国内有数の高級茶の産地として人気を集めている。

市内の各地で住宅地が広がっている狭山だが、現在も堀兼地区など台地上に多くの茶畑が残されており、丘陵地の一面に広がる茶畑の美しさは狭山を象徴する風景と言えるだろう。

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