農・工・商・住、多様な発展を遂げた街・入間市

入間市役所
●入間市役所

東京都心から北西に30km圏に位置する入間市は、西武池袋線で都心と直に結ばれた立地のため、戦後より東京のベッドタウンとして発展している街だ。2000年代には人口15万人を達成した埼玉県西部の中心都市のひとつであり、さまざまな都市機能が充実する便利な街並みが広がっている。

入間市は狭山茶の一大産地として栄えた歴史を持ち、今なお農地が豊かに広がる農業都市としての顔と、「三井アウトレットパーク入間」に代表される現代的なスポットが集まるショッピングタウンとしての顔など、さまざまな側面を持つ。

農・工・商・住と、多様な成長を遂げたバランスの良さが、入間市の大きな特徴となっている。

入間 茶畑
●入間茶畑

入間市の歴史は古く、縄文時代にはすでにこの地では人の営みがあったとされている。入間が都市として栄え始めたのは江戸時代からであり、現在の市中心部の一角を形成している扇町屋地区には日光脇往還の宿場町が形成された。

このころから入間を代表する名物「狭山茶」や、かつてこの地の代表的な産業であった生糸の生産が盛んになった。特に横浜港が開港した幕末以降、茶と絹は日本を代表する二大製品として欧米各国へ輸出され、入間に莫大な富をもたらした。明治時代には生糸生産を行う「石川組製糸」が設立され、戦前までに国内有数の製糸企業へと成長を遂げた。

生糸産業はその後、化学繊維や新興国との競争に敗れ衰退していったが、狭山茶の生産は今なお盛んであり、高級茶として珍重される入間を代表する名物として親しまれている。市内での茶の生産量・栽培面積ともに埼玉県内最大をキープし続けており、今でも丘陵地には美しい茶畑が広がっている。

そのほかの農業もさかんで、里芋・うど・椎茸なども名物として知られている。

入間工業団地
●入間工業団地

入間市は、工場が数多く集まる「工業都市」としての顔も持っている。1960年ごろから活発な誘致活動によって工場進出が相次ぎ、1969年には狭山が原地区に「武蔵工業団地」が造成されたことを期に工業都市としての飛躍が始まった。

市内には電気・機械の工場を中心にさまざまなタイプの企業が進出している。また所沢に本店を置き、埼玉県民にとっては“ソウルフード”ともいえる「山田うどん」のセントラルキッチン工場があるのも特徴的だ。

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